ひとつの例として、天気予報の情報だけで 今日の天気を簡単に処理してゆくということ。 この時節約されたように感じる時間を当たり前の ものとして受け入れ、流れてゆく現代の人の 生活がある。 けれども、ここに零れてゆくままの方向を持つ人間の 感覚能力に疑念を抱くことがある。 太古の人々の生活や感覚に戻ることを求めているのではないが 作品の中にその風を感じることで 現代に生きる人間が、向かっている方向を改めて考える 時を共に持つことが出来るのではないかと思う。 篠原 芳子