白色雑音の扉  ―WHITE NOISE― 

森の中へ森の中へと足を踏み入れる。ゆるやかに登る。
 草の繁る足元が岩盤になり、木々の間には斜めにそそり立つ巨岩が現れる。急に目の前が開けて、迫り出した岩盤の下を見る。そこには、想像を絶する風景があった。唐突に現れたその深淵は、現実の認識から私を遠い場所へと連れてゆく。
 来る人を拒まない淵。
 激しい力強さを持った切り立つ深いフィヨルドの谷の先には遠く薄緑の湿地が広がっている。眼下には音も届かない程、遠い深い河が時の止まったように流れている。風は私を空へ舞い上げ、河は私を引き込もうと重い力で叫ぶ。
 何千年、何億年もの歳月が造り上げた必然的な場に居る。時間も風も見える色彩も、すべてが同化した瞬間に判別できないエネルギーに動かされる。重力以上の力で私は深淵に引き寄せられ、それ以上の力でまた空に舞う。
 私という物体がこのような渦中に在る時、そこには、物と物、物体と場という相対関係では図り知れないエネルギーが生れる事がある。物体が存在するだけではない命のエネルギーを共有する瞬間。
 それは重力が弱まる海中のようでもある。−遠い記憶−私という生き物が存在する以前。
 地中深部で燃えるマグマが吐き出す気体は泡となって浮遊し、やがて消えたように見えなくなる。見ることが可能な一瞬。消えゆく物の中に魂の存在を共有しながらの表現行為で在りたい。 未だ見ぬ先の世界に作品を思う。
 美術というカテゴリーの中に納まりきれないエネルギーを内包する表現。それは決して表面的な表現手段が、次々に主導権を握り先行してゆくヘゲモニー的な進み方をするのではない。感覚の中に理念を求める真実を信じたい。        
                                   篠原猛史